早く逃げたら良かったなんて結果論だ
こんにちは。さかなねこです。
苦しくなってきたのでブログ書くぞー。
そういえばずっと休職していた会社を辞めて晴れてニートになりました。親の脛をガジガジ齧って生きています。情けないね。でももうしばらくはニートでいる予定です。やる気が無くて。
最近よく思うんですよ。「ずっと苦しかったな。もっと早く逃げたら良かったな。そうしたら今とは違う未来だったかもしれないのに…。」なんて結果論ですけど。
中学高校時代は周りからのプレッシャーにずっと苦しんでいました。いい子でいなきゃいけない。いい点を取らなきゃいけない。テストの順位は一桁、出来るなら3位以内、1位をキープしなきゃいけない。うちにはお金が無いから国公立大学に行かなきゃいけない。
何故か親と先生は私が国公立医学部医学科に行くことを望んでいて、それを否定できずにひたすらに2年間勉強しまくっていました。最終的には「あ、これ医学部に行ったら私は自殺するな」と思ったので1人で反抗して逃げました。だから資格も何も持っていない現状なんですけどね~。
大学時代はずっと現実を楽しみながら現実逃避をしていました。周りからのプレッシャーから解放されて「今日の夜何食べようかなぁ」みたいなことしか考えずに生きていました。でもその生活は4年限りのもので、絶対将来は病むと思っていたので早く死にたいなとも思っていました。事実就活で結構病みましたし、精神ぶっ壊してニートしてますし?自己分析完璧ですね(笑)
就職して、本当に簡単に崩れました。最近は「もうあれから1年も経つのか…」と思って病んでいます。救えねえやつです。
全てを失った今、高校時代に死んでればよかったとか、せめて電車を乗り過ごして逃げればよかったとかそんなことばかり考えています。後の祭りとはこのことですね。でも大学は楽しかったのでどうとも言えないですね。
高校時代は私の生きづらさが集約された期間のような気がします。毎日「今日こそ死んでやる」とか、「最寄り駅で降りずに終点まで乗り過ごして逃げたいな」とか思いながら通っている時期がそれなりに長くて、今でも思い返すと泣きそうになります。
口では「自分で選んだ進路に進みなさい」という癖に国公立医学医学科しか認めないみたいな態度の親が信用できなくて、今でも密かにわだかまっています。かと言って別に毒親という訳ではなくて、子供のことばっか考えている優しい親なんです。だから怒るに怒れなくて行き場のない感情だけが残っています。それに殆どは私が親のあからさまな態度に忖度していただけなので余計怒れません。結局は自己責任なんです。
なんでこんなに高校時代の話をしているかというと、今日のカウンセリングで話題に上がって久しぶりに色々思い出したからです。忘れてはいないけど、普段は心の底にしまっている話題なので…。カウンセラーさんに話ながら必死に泣くのを堪えていました。今までのカウンセリングで一番しんどかったですね。それほどには高校時代の苦しさは今でも尾を引いているってことでしょうね。今感じている生きづらさの根本は高校時代に作られたものだとも感じています。
とまあ苦しかったんだっていう話でした。本当にずっと苦しかったんです。今も苦しくて堪らないんです。あの時逃げれば良かったなんて結果論にすぎないけど、ずっと頭でグルグル考えてしまうんです。もう全部から逃げてしまった今、これ以上逃げる先はありません。私はどうしたらいいのでしょうか。
誰も助けてはくれません。結局は私がこれからどう行動するかに全てがかかっている訳です。まだ生きる覚悟も出来ていないけど、死ぬのはやっぱり怖いです。死にたいけど首を吊るのは苦しいです。死ぬなとも言われています。だからまだ死にません。もう少しだけ考えてみます。
気が向いたらまたブログ更新します。それでは。